コラム 10周年記念 

私と飛行機
                                     2006年4月    河原千春

  月日が経つのは早いもので、中目黒の喫茶店にて、クラブ員募集の集まりで高橋さん達に会ってから、もう10年経ちました。
10周年記念コラムという事で、私と飛行機の出会いから書いてみようと思います。

 皆さんの中にはエアラインにはあまり興味がない方もいらっしゃると思いますが、私は大型旅客機や軍用機も含め、飛行機と名のつくものは全て大好きです。
私が初めて飛行機に乗ったのは、忘れもしない1980年の3月、JALの羽田発、伊丹行きのB747でした。席は確か1番前か、前から2列目の左窓側だったと記憶しています。 仕事で乗ったのですが、生まれて初めての飛行機で、離陸した時のあの浮揚感がたまらなく心地よかったのを覚えています。

そして、小型機を初めて操縦したのは、ハワイのコスモフライングスクールでパイパー・アーチャーUでした。着陸以外は全て操縦させてくれたので、その時から飛行機のとりこになってしまいました。帰国後、すぐに買ったアーチャーUのコクピットのポスターは、今でも額に入れて仕事場にかざってあります。               

 その後、いろいろ調べて、手っ取り早く、またコストパフォーマンスも良くフライトが出来るフライトスクールがサイパンにあると知り、社員旅行を利用して、3日間フルに予約を入れサイパンに向かいました。 待っていた機体はセスナ172ですが、アチチュードインジケータとターンコーディネータの両方が壊れていました。
 当時はまだ何も分からなかったので、それがどういう事を意味するかも分からず、いきなり天候不良のロタ島に向かいました。 途中、案の定曇に囲まれ、とうとう雲中飛行となってしまいましたが、インストラクターは慣れた様子で、うっすらと光る太陽に向けて上昇するように指示され、ものすごい揺れの中、いきなり曇を飛び出すと、あざやかな青い空があったのを鮮明に思い出します。

 その後も月2〜3回ベースで土日を使い、金曜の夜、会社から成田へ行き、月曜の朝6時頃成田に到着してそのまま出勤するという生活が続きました。
 そして、とうとうソロフライトに出られたのです。 ソロフライトは、丁度日没にかかり、夕日が綺麗でした。     途中、着陸してくるB727のため、ダウンウインドで360のホールドを余儀なくされましたが、無事着陸し、恒例の儀式通り、着ていたポロシャツの背中をいきなり切り取られ、教官皆でお祝いしてくれました。

 しかし、クロカンとチェックはサイパン−グアム間になり、洋上で機位を失うと大変な事になるので、迷ったあげく長年勤めていた旅行会社を辞めてアメリカのウエストコーストエアーセンターに短期留学して総仕上げとチェックを受けることにしました。 
 基礎訓練はサイパンで充分に受けていたので、学科・実地ともすんなり受かり、はれてプライベートパイロットライセンサーとなりました。

 帰国後、ホンダフライングクラブに入り、上周経路のソロまでは出られたのですが、チェックが厳しいのと、金額が時間あたり5万近くかかるのであまり飛べないでいたところ、リバーサイドエアロクラブ発足の情報を知り、渡りに船、すぐ入会を決めました。 

 フライトクラブでは、まだ設立したばかりでクラブ内で訓練を行なえる体制が整っていなかったので、最初はベースの大利根飛行場を管理している新日本航空の教官同乗のもと、TGL、ローカルフライト、クロスカントリーと経験を積み、やっと一人で日本の空を飛べた時、夢は持ち続ければ必ずかなうと実感しました。
 訓練はほとんど矢萩会員と一緒に行い、フライト以外でも毎週のように遊び、彼は私の友人の紹介した方と結婚し、また私の結婚式では司会をやってもらうなど、生涯を通じた友人もできました。



 その後、仙台空港から山形空港へ行く途中に、谷間で風向きが変わってストールを経験したり、九州のクロカンでは雲中飛行になったりと、厳しい場面にも遭遇しましたが、その度に廣田会長をはじめ、経験豊富な方々に助けられ、無事故でここまでやって来られました。

 アルプスの山々も素晴らしいですが、サイパンでのフライト時間が長かったせいもあり、個人的には島へのフライトが気にいってます。

 近場では伊豆7島が日帰りフライトとしておすすめで、おいしい島寿司を食べて、露天風呂に入って帰るのが何よりの楽しみです。 
 神津島の悪い気流の中でのランディングも、スリルもあって腕試しにもなり、いい訓練にもなります。


 これからの夢ですが、結婚式の時に座席表に書いたように、自家用ジェットで世界旅行というのが目標。(高望みしすぎ?)
 今の会社が大きくなり店頭公開、上場と進み、社用機としてセスナ・サイテーション位を買えないかと...夢は膨らみます。   そしたら引退して、社長おかかえパイロットになろうかな。
 人生、いつ何が起こるか分からないので、夢は大きく持とうと思っています。


 今の機体費用も、たいして払っていないのに大きなこと言っていますが、次の買い替えの時には出資できるよう、仕事も頑張りますので、こんな私ですが、これからも皆さんよろしくお願いします。


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